JRPG

sonipro_03.png TST_left_shopguide.png sol_left_shopguide_03.jpg 7th_shope_banner.jpg BRS購入ガイド(小)
危機一髪バナー コスチュームチョイスバナー BRSTALKバナー
チャンネルJRPG告知バナー(小).gif

2010.11.24
  御影良衛の社長日記【001】ビッグマウスかく生まれり

JRPG.jpをご覧の皆様、こんにちは。
イメージエポック代表取締役の御影良衛です。29歳です。

これからコラムを書いていきますが、まずは自己紹介から。
御影良衛は、映画プロデューサーの父と音楽プロデューサーの母との間に、
長男として生まれました。
小学生の頃はいわゆるお受験組でした。
塾に通うか、好きなスポーツ(サッカー)をするかの毎日で
誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントは毎回ファンタジーの本でした。
ファミコン全盛期の頃でしたので、ほとんどの友達はゲーム機をもっており
お小遣いを持ち寄ってお菓子を買い誰かの家でゲームをしている光景を
よく見ていましたが、
僕はお小遣いは無しでゲーム禁止されてました。
しょうがないので毎日、勉強と本を読む小学生時代でした。
ともあれ運動は好きだったので学校の体育でやるサッカーやドッチボールで
ストレス発散していました。
中学からは勉強もまともにしなくなり、スポーツ三昧でした。
高校へは推薦合格でもぐりこみ、
途中まではやはりスポーツ三昧で過ごしていました。



★ゲーム業界を志すように

高校の頃、あるきっかけがあって、サッカーをやめました。
あっという間に暇になり、何をしようか考えたのですが
とにかく厳しい家で高校生なのに小遣い無し(笑)
しかもアルバイト禁止を通達されており、サッカーをやめて
帰宅部同然になった自分がとった行動は、親にばれずにバイトする事でした。
時給700円位で月9万円位頑張って稼ぐようになりました。
そのお金を軍資金にしてとにかくゲームを買い漁りました。
その頃(1995年頃)つるんでいた友人にPCゲーム好きがいたので
PC98を借りてそこからゲームの歴史を勉強しました(それより古いのは手に入らなかったのです)。
高校2年の夏から高校3年に上がるまではそんな生活でした。
高校2年生の時、光栄さん(現在:コーエーテクモホールディングス)というゲーム会社で
デバッグを始めたのが僕のゲーム業界との出会いです。
確か「提督の決断」を最初担当した記憶があります。
それがきっかけとなり、将来の職業としてゲーム業界を目指すことにしました。
何をするのか悩んだ挙句、芸術系の大学に入ろうと決め、
高校3年生の春から勉強を再開しました。



★トラック運転手に

結果、わずか4ヶ月の努力で何故か推薦入試をGET出来てしまい、
また暇になってしまいました。
将来ゲーム業界に、と思ってましたので
高校3年の10月に3Dを勉強しよう!
と思ったのですが当時のソフトの高い事、高い事。
パソコンと3Dソフトとフォトショップを全部買うと、
学割使ったとしても70万円位したと思います。
そのお金をとにかくすぐ作りたいと思いたち、
求人情報誌を見て一番時給の良かったトラック運転手を選ぶことにしました。
高校生でしたが、私立でしたのでその時期授業がほとんどなく、
学校2ヶ月丸まるお休みし、間長距離トラックの運転手をしてお金を稼ぎました。
結果、無事欲しい物を全て揃えまして、独学で勉強が始まりました。
ある程度スキルが付くと腕試しをしたくなる物でそのままゲームメーカー各社を
アルバイトながら、何社も渡り歩きながら時間が過ぎていきました。
モーションやったり背景つくったりキャラやったり企画職のアシスタントしてみたりと…。
(※今のイメージエポックの各部署の責任者はその頃の先輩だったりしますw)



★人生の岐路「一家大破産」

と、そこまでは順風満帆で大学2年を迎えた時の事です。
父の会社が大破産しまして持ち家も東京に持っていたビルも
(ビル持ってたのか!と当時思いましたが)
全て失い、母の知り合いの空いている家を月5万円で貸して頂くという
人生最初の大波乱に巻き込まれました。
人間関係はとにかくトラブルずくめになりましたし、
長男として妹と弟の学費の工面をしなければならなくなりました。
もちろん、自分が通っている大学の学費も必要です。
というわけで、おそらく世間の人たちよりちょっとだけ早めに
人生の分岐点に差し掛かるわけです。
大学を辞めて就職する道も考えたのですが
このまま普通のサラリーマンをやって
家族を経済的に支えることが出来るのか?
と考えた時答えは、「NO!」でした。
気楽な僕はこれは社長になるしかない!
とアホな事を考え自分に少しばかり試練を課しました。

まず、大学は卒業する。
なんとなく日本だと学歴は必要そうに思ってました。
また、大学を卒業するまでには起業できるだけの素養を身につけようとバイトしまくることにしました。

と言う事で殺人的なスケジュールを21歳から始めました。
その頃大学卒業と同時に内定が出ていたナムコテイルズスタジオに
入社前提で大学4年からアルバイトで参加しました。
それ以前で稼いだお金で池袋にオフィスを借りて朝はテイルズスタジオ、
夜は自分のスタジオでフリーランスで仕事を頂戴して稼ぐという日々を始めました。
その頃、フリーランスとして受注したのが「グランディア」や「ワイルドアームズ」の仕事です。
この文章読んでいる当時の知り合いは「あいつ22歳だったのか!」と
怒られそうです(笑)
30歳位ですと適当に言っていたのでw
ともあれ当時の先輩方にたくさんの愛と援助を頂いた事は忘れられません。
ここでは書くことができないくらいたくさんの恩があります。
それが現在のイメージエポック誕生のきっかけにもなってます。


★御影良衛はビッグマウスか?

そんなこんながあり、社内でも社外でも、
よく「御影はビックマウス」って呼ばれるんですけど
自分の中では「ビックマウス」では無くて、
そうしないと自分自身が死んでしまう状況まで落ちちゃったので
なんとなくこれがスタンダードになっちゃったんですよね。

後ろ盾や自分を支えてくれるものが全部なくなってしまうと、
自分で自分をめちゃくちゃ応援してあげないと、心が壊れちゃうんです。
御影は、たまたま自分を強く応援できたから、
なんとかここまでこれたんだろうな、
と最近は思います。

過去の話は過去で、もう過ぎ去った話なのでこの辺にします。

そんなこんなでイメージエポックという会社を設立して6年弱経ちました。

ようやく、自社の商品を皆様に届けられるだけの企業になってきました。
新参者なので至らない事も多数あると思います。
志や情熱だけでは埋まらない経験や技術もあると思います。

しかし僕達が頑張って魂を燃やすことは、
何かのきっかけにもなると自分自身は思っています。

未来にたどり着ける最高の1本のゲーム作りを目指し、頑張ります!